『ナイトウォーカーの後進』

ゆっくりわっしょいぱりぴぽな、小さなお祭り独特の鼓をひとつずつ打つみたいな静かな喧噪を背にして、かっぽかっぽと足音を夜道に響かせるあの感じ。これすら後の祭りと言ってしまえるのか。
いいやここから後夜祭。緞帳を引きずって闊歩するクールな出囃子。さみしいんじゃないよ、熱が冷めないように抱えてるんだよ。みんな幸福の次は後ろ手を引かれるよね。それ。
梨高いなぁ。
ya! annieです。
ひとまず、平成.EXE文化祭が終わって一週間と少し。ご来場いただいた皆様ありがとうございます。annieは路上の怪しいグッズ屋さんでした。買っていただいた皆様、BIGLOVE。今回は『PARK』をテーマにグッズを作りましたが、今後もなにかテーマに沿ったラインでグッズ類を作りたいですね。
さぁなんとも久々なコラムになりました。絵はちょこちょこ上げてましたが、この形式はほんとに懐かしさすら覚えるんじゃないかってくらい間空きましたね。いつのまにか季節は秋。もはや季節と季節のはざまに押し込まれてしまった秋。夏と冬が幅とりすぎだよ。見てよ秋の肩がぎゅってなってるじゃん。苦しそうな顔してるよ。
とはいえ最近はちょっと涼しいですね。お散歩にちょうどいい気温。
みなさんお散歩しますか? 人類って健康維持のために日々8000歩くらい歩いたほうがいいらしいですよ。annieは平日に30000歩くらい歩いてます。休日は0。日割りで8000いけばいいってもんじゃないぞ。
そんな落差激しいannieですが、散歩自体は結構好き。だいたい創作に行き詰ったときに歩き出します。歩いていると不思議と言葉が出てくる気がする。五感が刺激されるからでしょうか。決まった散歩コースは持たないので思いつく限りの近所をぶらぶらしているだけではあるのだけど、それでも得られるものがあるらしい。野良猫だったら各シマのボス猫にボコボコにされているでしょうね。人間でよかった。
散歩中は何か考えているわけじゃない。のそのそ歩きながら季節の花の匂いを感じたり、いまは住宅地になってしまったそこにかつてなにがあったか思い出そうとしたり、先輩がタイマン張ってたちっさい公園がまだ残っていることに驚いたり。なんか時の流れのほうが足速くてびっくりしてばっかり。言ってしまえば虚無であり停滞なのかもしれない。脚は動いているのにね。
そういえば思い出しましたが、子供のころもこうやって意味のない歩行を繰り返していました。ある時期は家にいられなかったから、夜とか外を徘徊するしかできなかった。サークルKのピザまんを食べながらどうやって時間をつぶすか考えていた。あの時間を思い出して向かってみれば、やっぱりもうあのサークルKは潰れてた。
夜のまちを歩いてみるとひときわ強く感じるのですが、この世界はどっかの誰かのモノであると同時に僕のモノでもあるんですよね。踏み出したときの波紋の縁がたまたま重なっただけの瞬間を連続して生きてる。そっぽ向いてるけどつながってる。そんな風に信じられたあの時の僕はやっぱり寂しかったんだろうか。深夜、交差点のまんなかでちょっと足を止めるのが好きだった。危ないからマネしちゃだめだよ。おバカな思春期がやりがちな、控えめにアグレッシブセンチメンタルを表現するための、恥ずかしい行動だからね。でも、そんな行動も何も響かない停滞感がよかったんだろうなぁ。そんな夜ごとを歩きつないで生き延びている。
いまはもうちゃんと大人として散歩していますよ。同じような散歩者には挨拶するし。途中のコンビニでタバコ休憩するし。十分歩いたろって思ったらすぐ帰るし。スーパー寄って晩御飯買うし。歩く、食べるを繰り返して息継いでいる。なんだかつまらない人間になった気もするし、いまのほうが一生懸命に生きてる気もする。値引きシールが張られたお弁当の前で立ち尽くすのは、交差点の真ん中で足を止めていたあの頃より賢い。
だからか、時の流れと並走できているみたいに思えちゃうんだ。たぶん実際にはそんなに賢くないんだろうけど、波紋の縁の接点に慣れてしまった鈍化した大人になって、歩くことも立ち止まることも何万と繰り返して、誤魔化しと勘違いの分厚い布をまとってしまった。
過去に足を進めたいとは思わないけども、また逃げるみたいに夢中で歩きたいね。逃避にだって熱中はあるだろう。僕が何かと心中するとしたらそれなんだ。
散歩効果。言葉出てきた。
みんなも散歩、おすすめですよ。歩きながら自分を待ってみてあげて。きっとそのうち追いついてくるから。
いや梨高いなぁ。
立ち止まっちゃった。
bye






