演劇はちょっと不便な娯楽かもしれない
- 藤松えいら

- 4 日前
- 読了時間: 4分
みなさん、こんばんわ。とうまつです!
今週末からeiraの方のイベントが続くので写真チェックと納品作業が日々のタスクに追加されております。お誕生日にいただいた栄養剤をガブガブ飲み飲み、一生懸命つくった写真集を無事受け取ってもらえるよう祈りつづける毎日です。
そんなこんなでとくに変わったことはないのですが、また観劇する機会が増え、そのたびに観劇マナーとは何ぞやと考える機会が増えたので今回はその話です。
もうわざわざ言われたりしないけど当たり前になっているマナーが意外と多い気がします。上演中は静かにする。撮影しない。そもそもスマホを触らない。でもそれって今の時代かなり特殊なことな気がしています。
実際、上演中にスマホを触るお客様見かけました。この前見たのは暗転中。前まではそれを見て「非常識だな」と感じていたけど、最近は「この人もしかしたら暗転を小さな休憩時間だと思っている人もいるのかもしれない・・?」と考えてみたり。演劇を観慣れている人からすると暗転も作品の一部という認識はあると思う。でも初めて観る人からしたら映画のCMの切り替わりみたいな感覚に近い可能性もあるのかなあと。
そう考えると知らないこと自体は悪ではないんですよね。上演する側の説明不足とかもある気がする。
映画館は上映前に「映画泥棒」の映像が流れるので「こういう行動はよくないですよ~」というのが分かりやすく共有してもらえるけど、演劇はそういう「初めて来る人への案内」が少し足りていないのかも。なんかそういうの込み込みで作品づくりしてもおもしろいんだろうな。
あと演劇って令和の生活とかなり相性の悪い娯楽だと思っています。前に八木さんとも少し話したんだけど、①約2時間近く座って、②スマホの通知を切って、③静かにして、④目の前のものだけに集中するのって意外とハードルが高い。けっこう高い。今は仕事でも日常でも当たり前にマルチタスクを求められていて、何かをしながら別の何かをするのが普通になっていて・・・そんな時代の中で「今この瞬間だけを見続ける」というのは実はかなり体力がいります。
だからといって集中できない人が悪いとはあまり思っていなくて、私も私自身の体調や気分や観ている作品の好みとかで集中度は変わることも多々あります。合わないなあと思う作品もあります。それでも演劇ってみんなで観るものなんですよね。観方や楽しみ方は自由だけどその空間にお金を払って観に来ている自分以外のお客様もいることは意識しないといけないと思います。観劇マナーって怒られないためのルールというより思いやりに近いものだと思っています。
せっかく同じ空間にいるならみんなで没頭できたらうれしい。舞台と客席の空気が噛み合った瞬間の不思議な一体感、客席全体の呼吸が揃うような感覚とか。生で観に来てよかったと思える瞬間が確かにあります。だからこそ演劇の空間って作品だけじゃなく客席も含めてみんなで作っているものなんだと思ってます。その思いもあってか、4月の『聖人』のような形の公演がやってみたくなったりしました。
一方で、「マナーを守ってください」が増えすぎると今度は観劇そのものが怖くなってしまうこともあると思っています。途中でトイレに行きたくなったらどうしよう、体調が悪くなってしまったらどうしよう。私も全然あります。なので平成.EXEでは、なるべく安心して息ができる空間をつくりたいと思ってます。お子様連れでも安心して観れるような席や、体調に不安がある方などは外へ出やすい席を設けたりとか。不安がある方にはなるべく安心して観ていただきたい。よりミニマムな小劇場での公演だからこそ出来ることでもあります。座席による見え方の差はあったとしても「ちゃんと自分もこの作品を受け取れている」と感じられる空間にできるようにしてけたらいいなと思います。
あと超個人的には、劇場の内輪感みたいなものが気になります。運営側や関係者だけが盛り上がっていたりすると初めて来た人は少し居心地悪く感じてしまうことあると思います。なので「誰でもちゃんとそこに居ていい」と思える空気は大切にしたいです。
演劇鑑賞ってやっぱり少し不便な趣味だと思います。でもその不便さの中にしか生まれないものもあると思っています。同じ時間、同じ空間で、みんなでひとつのものを見つめること。それって今の時代、実はかなり贅沢なことなのかもしれません。
だからこそ作品だけじゃなく、その空間にいる人たちのことも少し想像しながら、一緒に過ごしてもらえたら嬉しいなと思っています。

ありがとうございましたっ!





